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読書日記

  • あさのあつこ: バッテリー
    マンションのプールで子供たちを遊ばせながら、デッキチェアで寝そべって読むにはもってこいの軽さです。本の物理的な重さだけでなく、大人に読ませる児童書、とでも呼ぶのでしょうか、野球を軸にした物語で、スポ根でもなく、チーム愛とか友情を前面に出すわけでもなく、そういうところとはかけ離れたところから始まっているところが良かったし、なんとなく心のどこかで考えさせられるところが、適度な軽さでした。続きがつい読みたくなります。
  • 小阪修平: 思想としての全共闘世代
    この酔狂なテーマに接して、どのような視点をもてるかは、何年に大学に入学したか、学生運動のどの段階の経験・知識をもつかで変わってくると、著者は言いますが、まさにその通りでしょう。私は、全共闘世代の著者より15年も年下で、学生運動と言っても辛うじて余韻を吸っただけ。他の大学より、よほどその残り香は濃厚に残っていたので、私の世代の中では、より深いシンパシーを感じている方だと思いますが、それでも、かなり観念的です。実際、私自身は、育った時代が進歩的知識人全盛の頃だったので、その反発から思想的には保守寄り、伝統的な自由主義者で、学生運動への共感というのは、政治的な主張や思想的な面よりも、むしろ若者らしい現状への不満と変革への情熱に対するものと言えるかも知れません。それは、キューバ革命におけるゲバラに対する共感に近い。彼を衝き動かしたのは左翼思想ではなく、純粋な民族主義でした。もし著者と同世代だったら、私自身、どうなっていたか、ちょっと興味があります。そんな時代を懐かしむだけの本ではあるのですが、それを羨ましいと思わせる内容ではありました。 学生運動真っ盛りの頃、本当に革命が起こるのではないかという気分になったと述懐する人がいます。確かに、この本でも、初期(60年代前半)には市民の共感を得ていたとありました。先鋭化(武装化、過激化)して、一般学生からさえも支持を失って行った、そのあたりは別の論考になるのでしょうが、なんとなく学生が敏感に反応するところを、大人としても支持してあげたい時期があったことは、分かるような気がします。社会自体も、若かった。私にとっては、もはや歴史的事実として見てしまうからかも知れませんが、高度成長を遂げつつあるという、ある意味で歴史の転換点では、人々の意識も今ほど画一的ではないでしょうし、いろんな制度上の矛盾も噴出していただろうことは想像できます。そんな世の中の、雨降って地固まる前の、不安定な動きの中で、まだ共産主義への憧れが、幻想ではなく人々に情熱をもって抱かれていた、そうした不穏な時代の雰囲気は、なんとなくわくわくします。今だって、ある意味で歴史の転換点であり、変革の情熱を行動に移して行かなければならないのでしょうけど、私も社会も、ちょっと齢を重ねてしまったかもしれません(笑) 今、革命が起こるとは思えませんが、あり得るとすれば、若い情熱が発火点になるように思います。 (★★★★)
  • 藤原正彦: 国家の品格
    「蛙飛び込む水の音」という歌に対して、外国人は一匹じゃなくて何匹も飛び込む様を連想してしまうものらしい。自分の感性はやはり日本人だと、最近つくづく思うので、そのあたりはまさにフィットしました。ちょっと宗教に関しては認識不足じゃないかと思われるところもありますが、だいたい海外経験がある人なら、そうそう、その通り、よくぞ言ってくれら、というようなことが書いてあります。それから、論理じゃなくて感情、論理の出発点も結局は感情が規定するというのも、「われ思うゆえに我あり」のデカルトを持ち出すまでもなく、数学者なのに(数学者ゆえに?)、よくぞ言ってくれたと思います。話題になっただけあって、期待を裏切られない面白さです。 (★★★★★)
  • 加藤廣: 信長の棺
    本能寺の変の後、ついに見つからなかった信長の遺骸を追うという謎解きだけでも興味津々ですが、著者がサラリーマンを辞めて執筆した75歳の新人作家というのも興味津々です。よく史料を調べてあるということと、太田牛一という右筆(実際には違う説もあるようですが)を主人公に、著者自身を投影し、歴史上の疑問点のもちよう、推論を進める様は、なかなか面白い設定です。著者がコンサルタント的な業務に携わってきたことと無縁ではないでしょう。でも、難を言えば、ストーリー展開上、さんざん前半では引っ張っておきながら、最後の謎解きを一人の登場人物に淡々と語らせてしまうのは、あまりに安直です。それでも、ひととき、すべてを忘れて没頭できたので、よしとしましょう。信長というと、大河ドラマの館ひろしの顔が浮かんで困ってしまいましたが・・・^^; (★★★★)
  • リリー・フランキー: 東京タワー
    著者とは同世代に属するので、時代背景が重なって、とても身近に感じつつ読み進めました。結構あからさまで大胆な描写や、所謂マザコンぶりが淡々と綴られるわけですが、それをそうと感じさせない独特のリズムがあるのは、一つには、村上龍の「69」が長崎弁に救われていたように、ここでは福岡弁?に救われているからでしょうか。全編を通してほのぼのとした雰囲気を醸し出して、いい感じです。それからもう一つには、彼の率直さと曇りの無い目線のゆえでしょう。それにしても、自ら振り返り、母親の愛情の深さとか、それに応えようとする息子の気持ちは良く分るのですが、あらためて親子のありようは人それぞれだと(当たり前ですが)しみじみ思いました。なお、100万部を越えるベストセラーだと言うのは、ちょっと驚きです。この軽さは悪くないのですが、なんとなく三島由紀夫のような本格小説を読みたくなってきました。 (★★★★)

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2007年3月30日 (金)

減らない、はなし

ふと振り返ると、こちらでは靴底や靴下がなかなか磨り減りません。アメリカにいた頃もそうでしたが、本当に長持ちするのを実感します。これは勿論、車社会のゆえですが、対する日本は、自宅から駅までとか、電車の乗り換えとか、駅から会社までとか、あるいはちょっと買物などで、気がつかないで結構歩くことが多いのですね。

こちらではどうしても運動不足になって、脂が多い外食生活と相俟って、お腹の脂肪もじわじわっと増えてきて、なかなか体重が減りません。

そうした悩みは皆同じらしく、朝のGurney Driveの遊歩道には、散歩したりジョギングする人が多いですし、私が住むマンションだけでなく、日本人や外国人が住むレベルのマンションにはだいたいフィットネス・センターがついていますし、George Townにはビジネスとしてのフィットネス・クラブもいくつかあります。私が去年のペナン・ブリッジ・マラソンに備えて通ったフィットネス・クラブは、入会金無料、5ヶ月コミット550リンギッ(月3千円強)。メンバーは殆ど外国人か中国系の若者でした。

靴底や靴下が減らない→体重が減らない→フィットネス・クラブが儲かる・・・ペナン版桶屋が儲かる話・・・お粗末でした。

2007年3月28日 (水)

並ばない、ということ

ペナンの運転事情について愚痴ったことがありました。料金所前や渋滞になると、すぐに2車線が3~4車線になる、自分は割り込むくせに他人には譲らない、走行中も車間距離が短くても無理矢理(こちらにブレーキを踏ませてでも)割り込んでくる、支線から本線に出る時ですら、じわりじわりとはみ出して、いつの間にか本線を止めてまでも割り込んでくる・・・マレーシアは運転マナーが悪いと言われながら、同じマレーシアの中でも、クアラルンプールから来た人がペナンのマナーはひどいと呆れるほど、ペナンの運転事情はよろしくありません。何がこうした差を生んでいるのでしょう。

一方で、香港ディズニーランドで、中国人が並ばないという記事が話題になったことがありました。サンリオピューロランドでも、キティちゃんと一緒に写真に納まるのに、日本人が整然と並んでいるところを、中国人は平然と割り込んでくると、家内は憤慨していたものでした。一列に並んで待つ、先に待っている人を優先させるというような、日本人には当たり前のマナーは、人の背中を見て、時に指摘され習うことによって、身体感覚として覚えることのようです。中国では、当然のことながら、見ないからそれを当たり前とは思わないし、習わないからいつまで経っても分からないのです。

最初はペナンが単に田舎だからかと訝しがっていた私ですが、最近は、ペナンに中国人が多いということと関連があるのではないか・・・ただの思いつきです。

日本でも、並ばない人たちがいます。言わずと知れた大阪です。実は私も学生時代までは、電車に乗り込むのに、電車の到着とともに、戸口にわっと集まり、我れ先に乗り込む大阪方式が当たり前だと思っていました。ところが、就職して、東横線や山手線に乗った時、皆、ホームで一列に並んで電車の到着を待ち、整然と乗り込むお行儀の良さに、ぶったまげたものでした。何がこうした差を生んでいるのでしょうか。

実は、大阪のこの身勝手さ、奔放さは、江戸時代に由来するのではないかと邪推しています。もともと武士が少ない江戸時代に、大阪は更に武士が少なかった。天皇家のことですら、天皇さんと親しみを込めて呼ぶ土地柄です。権威や権力に大した敬意を払わない、屁とも思わない、Respectしない。商売という実力本位の社会で、既存の秩序や優先権や単なる既得権益には価値を認めない、下克上が当たり前の、ある意味で平等な社会です。

中国人も、中国共産党より前の中国4千年にわたる度重なる権力闘争と、その度に破壊し尽される理不尽さに塗れた歴史の中で、権力への忠誠心や信頼を失ない、金銭的な価値(その時々の通貨ではなく、絶対的な富)への傾斜を増幅し、華僑に代表されるような独特の気質・特性を形成して行ったように思います。

ペナンの荒っぽいドライバーの中に、中国人が並ばないで平然と割り込むマナーの悪さとか、大阪人が我れ先に電車に乗り込むお行儀の悪さと、どこか似た臭いを感じてしまいます。

2007年3月27日 (火)

ペナンの出産休暇

こちらでも出産休暇制度があります。先日、部下の女性の一人がMedical Leave(医療休暇)に入り、その後間もなくMaternity Leave(出産休暇)に移行しました。

アメリカでは、昨日まで大きなお腹を抱えてゆったりと仕事していたのに、今日はいないけど休み?と周囲の人に尋ねると、出産だと言われて、ぽこっと産んで(本当にぽこっと産むのかどうかは男性の偏見でしょうが、そういう印象を持ちました)ほんの一週間くらいでまた戻ってくるのが当たり前の社会でした。あらためて女性の性としての逞しさを認識させられるとともに、狩猟民族の強さを見せつけられた思いでした。これは極端にしても、日本では一年くらい職場を離れるように思いますが、ペナンではその中間で、二ヶ月間の休暇が与えられるに過ぎません。本人もその日程通りに職場復帰する意思を表明しています。ちょっと短かすぎる印象ですよね。

さて、そのお祝いをしようと、先ずはペナンではどういう習慣なのか現地人に尋ねてみると、現金が良いかどんな品物が欲しいか、本人に聞いた方が良いと言うのです。多かれ少なかれアメリカでもそういう合理的なところがありましたが、どうも日本人の私には馴染めません。

この日曜日にIsland Plazaに行って、ひとしきりベビー用品を探してみましたが(ここは、日本製のものも多く、品質が良さそう)、結局、重複することもあるでしょうし、アメリカみたいに、貴方からは子供がもっと大きくなってからの子供服が欲しいなんて言ってもらうことも期待していませんから、無難に、彼女が出社してから、ピューターの写真立てを贈ることにしました。

贈り物って、難しいですね。相手のことをあれこれ思うほど難しい。

2007年3月25日 (日)

ペナンのマクドナルド

先ごろ、マレーシア保健省が、ファーストフードの広告禁止を検討していることが報道され話題になりました。肥満症の割合が10年前の20%からなんと37%!に増加しており、肥満の元凶と見なされているようです。この統計に関しては、他の統計と不整合があり良く分かりませんが、ムスリムに限ればそうなのかもしれません。しかし酒や煙草などの嗜好品と同列に扱うのはどうかと思いますし、これまでにも触れてきたように、ニョニャ料理はじめこちらの“チリ”はタバスコのような刺激の強い辛さではなく“甘”辛ですし、屋台のフレッシュ・ジュースですらシロップたっぷりで、肥満をファーストフードだけのせいにするのは酷ですね。

ペナンにもマクドナルドがいくつかあります。しかし元々牛肉を扱うことから、本国アメリカや日本のようにKFCに比べて圧倒的強さを誇ることはなく、どちらかと言うとKFCに比べてやや影が薄いかも知れません。バリューセットがだいたい7~9リンギッと、ローカル・フードに比べると倍くらいの値段ですが、屋台などの外食に慣れたマレーシアのこと、どこのショッピング・センターにも店を構え、そこそこ人が入っています。

マクドナルドと言えども、マレーシアという土地柄に合わせたローカルなバリエーションがなかなか興味深い。勿論、味とマニュアル化された手続きは世界共通で、笑顔も無料です。大きな違いの第一は(ヒンドゥー教徒に配慮して)チキンのメニューが多いことでしょう。しかも、チキンにしてもイスラム法に則って正しい手順で処分されたことを示すHalalの文字が見えます。メニューで変わったところでは、お粥(Chicken Porridge)があるのが、日本人の私には嬉しい(油ぎとぎとですが)。ポテトとともにケチャップだけでなく甘辛のチリ・ソースも選べます。これをハンバーガーにたっぷりと塗りたくって食べる人がいるのは、決してマクドナルドのせいではありませんね。飲み物メニューにミロ(こちらでは英語読みでマイロと言います)があります。極めつけは、後片付けしないで、テーブルに食い散らかしたまま放置して立ち去ること。ちゃんと片付ける従業員がいるからですが(これはアメリカもそうだった)、屋台の習慣を引き摺っているのでしょうか。

それにしても、屋台をファーストフードと言わずして、何がファーストフードなのか、屋台は健康に良いと言い切れるのか、いろいろ言いたいことはありますが・・・ここはマレーシアですものね。

ペナンのイタリアン・レストラン

ここ二日ほど、日本からの出張者対応で忙殺されて、ご無沙汰してしまいました。夕方、無事に送り出して、夜はその打ち上げでBurma RoadにあるBella Italiaに行きました。

イタリアン・レストランとして見れば、地球の歩き方などの観光ガイドでも紹介されているBatu Ferringhiあたりのホテルにあるレストランの方が美味しいのかも知れませんが、一度、行って値段の高さに圧倒されて尻込みしてしまいました。爾来、私には比較できないのですが、このBella Italiaは、街中にあって、値段が手頃で味が良くて、贔屓の店の一つです(因みに姉妹店がBatu Ferringhiにあり、私のマンションはそちらに近いので、最近は専らそちらを利用しています)。

基本的に味が濃いペナンにあって、薄味で日本人に合うつくりになっており、どの料理も裏切られることはありません。お勧めは、カラマリ(薄味で、油がしつこくないところがグッド)、バルサミーコ・サラダ(酸っぱいだけではない、コクがあるバルサミーコが忘れられなくなる)、スパゲッティ・ボンゴレ(日本では見かけないトマト味ながら、唐辛子をピリリと利かせて、クセになる)、ピザ・ポロ(甘いパイナップルとのコンビネーションが絶妙)。値段が手頃と言いましたが、ローカル・フードに比べたら割高なので、客層は日本人や欧米人が中心で、日本語が飛び交っていますし、メニューには日本語の解説までついています。日本語を片言で操る、陽気な小太りのオジサンが出迎えてくれます。

今日は久しぶりにワインのボトルを何本か開けましたが、なかなか美味いものに巡り会えませんでした。料理が良いだけに残念です。特にイタリア・ワインは、水代わりに飲むテーブル・ワインのような質の悪さで、やはりヨーロッパは遠いのでしょうか。選ぶならオーストラリア・ワインが良さそうです(個人的にはチリやスペインや南アフリカも好きですが、今日は試していません)。

イタリアと言えば・・・新婚旅行のミーハー・ツアーで、ローマ、ジュネーブ、パリ、ロンドンと、4都市を、よりによってどんどん物価が上がり、食事が不味くなる順番に回って以来、特別の思い入れがあります。ボストンのケンブリッジで、刺身でも食える新鮮な魚介類を求めて毎週のように買出しに行っていたのは、イタリア人経営の魚屋でした(中トロも赤身も区別なく、重さで売られていたのが驚きでした)。サクラメントで一番美味いと思ったレストランは、イタリアンでした。西洋料理の中では、最も日本人の口に合う料理でしょう。

ペナンのホテル内店舗を除くイタリアン・レストランとしては、ほかにGaragePiccolinoや、Batu FerringhiGolden Sands Hotel向かいにあるMarioもなかなか良い線いっていますが、Bella Italiaの安定した品質が一歩リードしているように思います。美味しいレストランが近くにあるのは幸せなことだと、思わせてくれるようなレストランの一つです。

2007年3月22日 (木)

マレーシアの車の品定め

昨日の立場とはうって変わって、今日は一人の消費者として、車の独断的・体験的・比較論を通してJapan Qualityを考えたいと思います。

感覚的な話ですが、街行く車の6割は国産車(プロトン社と軽専業ペルドゥア社の二社)、日本車が2割強、それ以外の外車が2割弱といったところでしょうか。

一方の日本車は、高関税、高物品税のため、トヨタ・カローラ(1800CC)400万円、ホンダ・アコード(2000CC)は500万円もしますが、高くても品質が良く、ステータスになっていて庶民の憧れの的であり、高給取りの中国人や外国人御用達の感があります。マレーシアのバイク市場を事実上切り開いたと言われるホンダの人気が根強かったのですが、最近はトヨタ・VIOS(1500/1600CCクラス)の待ち時間の方がホンダ・CITYよりも長いといった具合で、日本車と言えばトヨタ・ホンダの独擅場と言って良いでしょう。日産は、Japan Qualityでありながら、トヨタ、ホンダに比べてやや割安なところが受けていますが、二社を脅かすまでには至っていません。そのほか、マレーシアには車検制度がないため、古い日本車が輸入されて、いつまでも走っているのを見かけます。

その中間のポジションにあるのが韓国車(KIANAZAHyundaiなど)で、品質は国産車よりも良く、値段は日本車よりも安いとあって、そこそこの人気があり、台数を伸ばしています。赴任当初の一時期、車を買うまで、15万キロ走ったオンボロのカンパニー・カーのKIAに乗っていました。なるほど、この歳になっても特に問題なく元気に走っていました、と言いたいところですが、間もなくブレーキの踏みシロが極端に深くなってブレーキが利かなくなりました。アメリカにいた頃、トヨタ・CAMRYを18万キロまで乗り潰つぶした経験からすると、品質面での彼我の差は小さくないように感じます。

その他外国車もそれなりにステータスが高く、ベンツやBMWは別格として、ボルボ、ルノー、アルファ・ロメオやGM・シボレーも見られますが、値段が決して安くないことと、サービス面で不利(修理拠点が少ない上、部品も入手難で時間がかかると言われる)なため、その中途半端さが敬遠されているような気がします。

結局、私が買ったのはトヨタ・COROLLAAltis、1800CC)で、三年落ち6万キロながら300万円もしました。決め手は、車社会のペナンにあって、一日往復1時間半から2時間も過ごさなければならない居住空間としての快適さでした(実のところ、トヨタ・HarrierとかCamryの中古の出物を探していたが見つからなかった)。そういう意味では、マレーシア国産車は、最近でこそ基本性能としてのエンジンは悪くはないようですが、所謂居住空間として見た時の「建て付け」の悪さ、といったものを感じます。すみずみまで目が行き届いている日本車の品質の面目躍如と言えましょうか。小さい話のようですが、これがブランド・イメージに大きく影響しているように思います。

先ずは国民車と言ってもよいプロトンは、三菱自動車の技術協力によって1985年に国産化に成功したマレーシアの星です。が、6年モノのプロトン・WAJA(ランサー・クラス)に乗せて貰った時、音楽も満足に聞けないほど走行時のエンジン音が騒々しく、品質はかなり落ちるようです(一説では故障率は日本車の三倍とか)。その知人は特にプラスチック成型部分の強度が弱くて故障が多いとボヤいていました。パワー・ウィンドウの故障も多いため、高速道路の料金所では窓を開けずにドアを開ける人が多いと言われのもプロトンで、冗談かと思っていたら、確かによく見かけるので驚きました。第二国産車のペルドゥアは、ダイハツの技術協力によって、ミラ・クラスの車を販売しています。股を開いてバイクに乗るのはどうも・・・というマレーの民族衣装を着た女性に受けるせいなのかどうか知りませんが、運転者の9割方はマレー女性が占めているような気がします。これら国産車は、マレーシアでは車が超高級品である中では格段に安いために人気があります(日本車の半値以下)。赴任した当初に借りたレンタカーは高級プロトンのPerdana(2000CC、エテルナ・ベース)で、このクラスともなると、エンジンは三菱のものをそのまま採用していたこともあり、また走行距離2万キロの旬の状態だったこともあり、快適でした。が、駐車場の縁石にちょっと乗り上げただけでバンパーが割れてしまい、やはり強度には問題があるように思います。その後、15万キロも走ったカンパニー・カーのPerdanaも運転しましたが、私が乗らなくなってから後部ドアが閉まらなくなったらしく(普通はドアロックの爪が折れて開かなくなることが多いような気がしますが)、ガムテープで止めていました。なんとも締まらない話!

2007年3月20日 (火)

Japan Technology

マンガとカラオケ以外に、マレーの人にとって、そもそも日本はどんなイメージを以って映っているのでしょうか? 興味があるところですが、私がそれを質問したところで、愛想の好い答えしか返って来そうにありません。でも、一つだけ確実に言えることがあります。それは、Japan QualityJapan Technologyへの揺るぎない信頼です。今やマレーシアに限らず、東南アジア、ひいては世界で定評があることと言えますが、ペナンでの事例を紹介します。

昨日、TESCOで赤のボールペンを買いました。良さそうだと思って選んだのは、Unicornというブランドの製品でした。Uniのところが太字になっていて、三菱鉛筆の“ユニ”のロゴそのものであり、全体のデザインも“ユニ”のように垢抜けています。ユニコーンとカタカナのルビがふってあり、ここまで状況証拠が揃えば三菱鉛筆の“ユニ”との密接な関連を想像させますし、仮に“ユニ”を知らなくても、日本製か日本に輸出していると連想させるに十分です。追い討ちをかけるように、パッケージの隅に“Japan Technology”と銘打っています。実はこれはUnicorn XXX(略)というマレーシアの会社の製品で、果たして三菱鉛筆の技術協力を得ているのかどうか、全くのハッタリなのか、Googleでちょっと調べたところでは判然としませんでした。

ここではそれが事実かどうかは問題にしません。ポイントは、マレーシアにおいてはそういう外形を表示することに価値があるということです。特にボールペンのような製品でも“Japan Technology”が威力があるのか、私には甚だ疑問ですが、電器製品や精密機械におけるペナンの人たちの評価は間違いありません。これはトヨタを筆頭とする日本の自動車メーカーが長い年月をかけて創りあげた日本製品に対するブランド・イメージと言えましょう。その表現の仕方がいかにもマレーシアらしくて、ここで取り上げました。

日本はかつての生産技術の優位性を失って久しいと言われ、ことさらに中小・零細で世界に通用する技術を誇る企業が紹介されたりするのは、職人的な日本のものづくりへのこだわりと、その郷愁を示すものと言えますが、決して過去のことではありません、トヨタはカンバン・システムを世界中に公開して、なおかつ世界の先端を走り続けています。Japan QualityJapan Technologyは、中国(違う意味でインドも)が生産基地として益々台頭するであろうこれからの時代の日本のraison d'treであり行く末を暗示するように思います。

2007年3月18日 (日)

日本のマンガから思う

昨日の話の続きになりますが、そうは言っても、日本のマンガは特別の存在です。「ドラえもん」、「クレヨンしんちゃん」、「名探偵コナン」など、マレー語に翻訳された日本のコミック誌は枚挙に暇がありません。セカンドライフで日本からやって来たある知人は、アルバイトで何人かの現地人に日本語を教えていますが、その日本語熱のきっかけは、日本語を学んで、原語でマンガをいっぱい読みたいからだというのですから(しかもそう言うのは一人ではないそうです)、その影響の大きさが知れます。

マンガそのものについては今日は問いません(因みに私もマンガ好きですが)。きっかけはどうであれ、日本に興味を示して貰えるのは嬉しいことです。ドラえもんやしんちゃんやコナンは、松井やイチローや松坂と同じ、日本そのものです。

海外にいると多かれ少なかれ日本人であることを意識させられるのを、誰もが感じることがあるでしょう。自分はそこではマイノリティの異邦人であり、周囲は自分のことをことさらに日本人として見ます。日本やかの地で起こった事件や出来事について、それぞれの文化について、習慣について、日本人のお前はどう考えるのか聞かれますし、注目されます。その人にとって私は初めて会う日本人かも知れないし、最初で最後の日本人かも知れない。日本のイメージそのものにもなり得ます。こうして日本を中からだけでなく、外の人の視線を借りて見ることによって、国家について、国家と人の関係について、自由について、安全について、他国の人の意識や感覚を知ることによって、日本という国家、日本人である自分を相対化し、近過ぎず遠すぎず、適切な距離感を掴むことが出来るような気がします(日本では遠過ぎるか、近過ぎるか、ちょっと極端ですね)。

以下の写真は、コムターそばの商店街にある本屋さんの店先です。右手前にしんちゃんが見えますし、右奥には、判然としませんが、コナンがいくつか並んでいるのが見えるでしょうか。20060902_102

2007年3月17日 (土)

テレビ事情-NHKとドラマとアニメ

日本の情報の話が出たついでに、TV事情について触れておきます。

こちらではAstroという衛星テレビ局があり、CNNBBCといったニュース番組をはじめ、HBOCINEMAXなどの映画、ディズニーやNICKELODEANなどの子供向けアニメ、ESPNなどのスポーツなど、有料ですが、BBCを除けばここはアメリカかと思うほどのテレビ番組を提供しており、月3千円払えば、NHK衛星が入るコースを選択出来ます。アメリカにいた頃も、パラボラ・アンテナを買ってTVジャパンと契約すればNHKを見ることが出来たのですが、まだ一般的ではありませんでした。ペナンでは、主要なホテルでもNHK衛星を見ることが出来ます。

お陰で、休日はNHKを流しっ放しにして、時々、ここはどこだろうと錯覚するほど。朝の連ドラと大河ドラマは欠かさず見ますし、のど自慢も楽しみにしています。土曜夜のつながるテレビ@ヒューマンや、日曜朝の熱中時間のような変り種まで追いかけて、田舎のおじいちゃん、おばあちゃんも顔負けのNHK通です。地元の話題にはすっかり疎くなり、日本にいないのに日本の話題はしっかりフォローする浮世離れした生活です。

一方、中国語やマレー語の番組は、見ても理解できないので見ることは稀ですが、マレー語に吹き替えられた名探偵コナンはまだしも、中国語の字幕つきで日本のトレンディ・ドラマをやっていたりして、驚かされます。日本のマンガは、カラオケと並び、世界に誇る日本オリジナルの文化として、全世界に輸出されているので有名ですが、なかなかどうして日本のトレンディ・ドラマだって、ここペナンでは、マンガに負けないくらい海賊版DVDの人気商品の一つなのです。

2007年3月15日 (木)

ペナンの買物事情(後編)偉大なるアマゾン

値段を気にしなければ何でも手に入るご時世ですが、海外にいて入手するのに苦労するのが日本の情報、すなわち日本の書籍や雑誌の類いです。日本からの訪問者に買って来て貰って何が嬉しいかって、日本の饅頭や煎餅も嬉しいには違いないですが、先ずは雑誌です。週刊誌を機内で読み捨てにしないで持ってきて!と頼める人には頼みます。

昨今はインターネットのお陰で、情報に飢えることはありません。ただ、インターネットは必要な情報を探すツールとしては優れていますが、当座必要のない情報まで包括的に眼にするツールとしては、どうしても新聞に劣ります。そういう意味で、新聞は、どうでもいいけど常識としてかじっておくべきニュースが否応なしに眼に飛び込んでくるという意味で、それらニュースを一覧できる便利さと相俟って、有難い存在です。日経新聞や朝日新聞の国際(アジア・豪州)版は、George Townに住んでいる場合、午後2時頃にはOCSによって自宅に届けられます(一ヶ月300リンギッ、約1万円)。

書籍に関しては、アマゾンが革命を起こしてくれました。10数年前、ボストンにいた頃は、日本の書籍を扱うダウンタウンの小さな本屋では飽き足らず、ニューヨークに遊びに行ったついでに紀伊国屋で本を買うのを楽しみにしていましたし、サクラメントでも事情は同じ、サンノゼの紀伊国屋まで出かけなければ手に入りませんでした。ところがアマゾンは海外にいる不便さを見事に解消してくれ、まとめ買いすれば、KLやシンガポールの紀伊国屋で買うよりも安く、在庫がある書籍なら一週間とかかりません。

そのアマゾンでも買えないのが雑誌です。ただしマレーシアは敬虔なイスラム国家なので、入国の際には日本の週刊誌の所謂グラビアにはくれぐれもご注意ください。

ペナンの買物事情(前編)食料品・雑貨など

ペナンの物価はおしなべて日本の三分の一と言われます。その通りだと思いますが、正確に言うと、タイ、インドネシアなどの近隣を含むローカル品、ローカル生産のモノに限ります。例えば、日本製がほぼ世界を席巻しているデジタル・カメラは、日本から輸入されているので、日本の価格と変わりません。車に至っては、日本との自由貿易協定交渉の過程で話題になったように、国産車保護のため外国車に対する関税が高く(今後、段階的に減らしていくことが決まっていますが)、現時点で日本車は日本の価格の倍もします(物価三分の一を勘案すると破格の値段です)。輸入品で安いのは、マレーシア国内に守るべき産業がない時計ぐらいのものではないでしょうか。

日本特有の食材も、日本から輸入するケースが多いので、日本の価格に更に輸送費が上乗せされます。George TownにはMEIDIYA(日本の明治屋ではありません)と言う日本食料品店があり、調味料や冷凍の納豆、種類は少ないですが日本酒や焼酎も扱っていて、やはり重宝します。日本の米はここでしか手に入りませんが、高いので、我が家では慎ましくカリフォルニア米で代用しています(それでもローカルのタイ米と比べると割高)。TESCOという郊外型の大型量販店(佇まいはアメリカの卸業者Sam’s Clubのイメージ)は、ローカル品を中心に食料品や日用雑貨の種類が豊富で何でも揃い、恐らく近隣で最も値段が安く、カリフォルニア米や、日本のお粥のインスタント商品まで手に入ります。一方、野菜や果物や肉は、マーケットと呼んでいる常設の青空市場が何箇所かあり、ローカルの新鮮な品が毎日調達できます。また、最近、焼津の業者さんが、刺身で食えるほどの新鮮な魚を宅配サービスしてくれるようになり、食生活が格段に向上しました。

日用雑貨はGAMAが安いでしょう。家電品や家具になると、Parkson Grandや、TESCOあるいはその横のCourts、ジャスコがあるショッピング・センターにあるHarvey Normanなどのチョイスがあります。私は、家具に関しては何故かGarney PlazaMEKIOがお気に入りです。家電品は、PENSONICという、いかにもローカルのなんちゃってメーカーがあり、意外に評価は悪くありませんが、私は本家本元のPANASONICで揃えました。

こうして見ると、物価三分の一の恩恵は、野菜や果物を除いて必ずしも受けておらず、広尾のナショナル(だったかな?)で買い物をする欧米人のように、ペナンにあっても割高な駐在員生活が垣間見えます。

2007年3月14日 (水)

ガーニー・プラザ

ブランド・ショップから日用雑貨まで揃う一大ショッピング・センターです。2001年にオープンして6年近くになりますが、明るく清潔感にあふれ、豪華な雰囲気があるにも関わらず、決して値が張らないので安心して買い物が出来るところが魅力です。地下一階は、Cold Storageという食料品店で、日本食材コーナー(調味料、菓子類)があります。パークソン・グランドという百貨店が併設され、最上階には映画館もあります。スタバもコーヒー・ビーンもマクドナルドもあります。別のショッピング・センター(ブキッ・ジャンブル)からトイザラスが移転し、ガーニー・ホテル裏からMPHという本屋も移転するなど、魅力あるテナントをどんどん吸収し、ショッピング・センターとしては一人勝ちの様相です。

そんなガーニー・プラザも、私が2年前にペナンに来た当初は、一部のテナントがまだオープンしていませんでした。既存店が潰れて改築中だったのかも知れません。しかし、昨年12月にオープンしたジャスコがあるショッピング・センター(クイーンズベイ・モール)も、いまだに全てのテナントがオープンしていないところを見ると、足並み揃わなくてもオープンしてしまうのが、こちらの流儀なのかも知れません。日本では考えられないことですね。

かつてさる韓国の財界人が言ったことを思い出しました。どちらに行くべきか、日本人は結論を出してから歩き始める。欧米人は歩きながら考える。中国人は走り出したあとで考える・・・とか。思い当たるフシはあります。マレー人も、歩きながら考え、あるいは走りながら軌道修正するタイプです。

さすがのガーニー・プラザも、ジャスコがあるクイーンズベイ・モールがオープンしてからは、やや客足が減ったように見えましたが、なかなかどうして、健闘しています。20050827_009

2007年3月13日 (火)

ガーニー・ドライブ

 何度か登場したガーニー・ドライブは、ダウンタウンのはずれにある、ほぼ2Kmにわたる海沿いの道です。その北の端にはガーニー・プラザという一大ショッピング・センターがあり、南の端にはビジネス客や観光客向けのホテル群があり、その間を多くの屋台街が埋め、夜遅くまで賑わうとともに、ペナンでは珍しく遊歩道が並行していて、朝もジョギングやウォーキングの人で賑わいます。近くにイスラム寺院のモスクがあり、朝昼晩、コーランを読む声がスピーカーから低く静かに響き渡り、独特の雰囲気を醸し出します。

 すぐ横には海が広がりますが、決して美しい海ではありません。かつては砂浜があり、「東洋の真珠」と呼ばれた時期もありましたが、今はその面影がなく、埋め立てられて、干潮時にはヘドロのような泥が姿を現します。遊歩道を歩くと、潮の香はなく、時にゴミの臭いがするほどです。それもそのはず、その付近を歩き回れば分かるのですが、ドブがあって、ゴミ独特の臭いを放出しており、30年以上前の日本のような光景を目の当たりにします。どうやら生活廃水で汚染されているのです。勿体無い話ですね。街並みは保存するような条例はあるようですが、海を守るような動きは見られません。この海が再生されれば、もっと人を惹き付けられるような気がします。

 結局、砂浜やエメラルド・グリーンの海は、更に北のタンジュン・ブンガやバツー・フェリンギまで行かなければ見つけられません。それでも、ダイビング・スポットはペナン島にはなく、ランカウィ島の沖合いまで行かなければ見つけられません。

 以下の写真は、ガーニープラザ側から撮影したガーニードライブの遊歩道です。 20050827_010

2007年3月10日 (土)

ペナンのアパート探し(後編)

こちらの高級マンションは、短期駐在の外国人を意識しているせいかどうか、家具付きの賃貸がほとんどで(Fully Furnished、略してFF)、ベッド、ソファ、ダイニング・テーブルはもとより、TV、エアコン、冷蔵庫、電子レンジ、洗濯機などの電気製品も備え付けられています。基本的に分譲マンションを賃貸しているので、同じマンションでも、家主によって内装が異なり、中国風の家具で統一されたところもあれば、ドイツ製家具と日本製家電製品しか使わないところもあり、中にはアンティーク家具を配したところや、バー・カウンターやジャグジー・バスをしつらえたところもあり、家主の趣味によって様々です。家具を追加したり、古い故の取替えるのも、家主との交渉によって可能で、知人は、なんと網戸まで取り付けて貰いました(確かに網戸があると便利)。ただ、家庭用電圧は欧州各国並み(220~230V)の240Vなので、日本の家電製品を持ち込むには変圧器が必要で面倒なため、掃除機、アイロン、ドライヤーなどの小物はこちらで調達しました。

3ベッド・ルームまたは2ベッド・ルーム・タイプが多く、各部屋の天井にファンまたはエアコンがあるかどうかで夜間のしのぎ易さが変わってくるので、確認が必要です。私の前のマンションには、リビングルームに2台、キッチンに1台、各ベッドルームに計3台、合計6台ものエアコンがありました。

トイレは各部屋についていることが多く、私の前のマンションには、玄関を入ったところにゲスト用1箇所、各ベッドルームに計3箇所、メイド用に1箇所、計5箇所もトイレがあり、掃除が大変でした。

ほかに注意すべきこととして、昼間の日射と夜間の騒音の問題があります。ただでさえ暑いのに、西向きの部屋で直射日光が入ると、更に暑い。そのため窓をスモークド・ガラスにしているところもあります。また、ガーニードライブ界隈は車の往来が激しいので、低層階では、エアコンを止めて自然の風を入れようと窓を開けると、騒々しいこともあります。私の前のマンションでは、毎週末になると隣のホテルでライブやカラオケ大会が深夜まで続いて、ちょっと閉口したものでした。マンションツアーは通常は昼間なので、西日や深夜の問題にはなかなか気がつきません。

なんだかんだ言っても、私は、その内、どんな部屋のつくりになっているだろうかと、マンション・ツアー(アパート・ハンティング)をすっかり楽しむようになりました(以下の写真は、ガーニードライブ界隈のホテル、マンション群)。20060501_001

ペナンのアパート探し(前編)

危機管理の基本は、危険に近づかないこと。それでも何が起こるか分からない世の中ですが、海外でマイノリティの立場にある場合は、観光や食事で出歩くときも、住む場所を選ぶときも、世間から危険と見なされているところを遠ざけるのは、誰しも経験されていることでしょう。安全な場所に居を求めるため、いつの間にか外国人(または日本人)が多く住む街というのが出来上がりますし、それは見知らぬ街に来たときに安全を確保する一つの目安にもなります。もともと身寄りの少ない同胞が肩寄せあって生活を始めたところからチャイナ・タウンやジャパン・タウンが生まれたのでしょう。

ペナンに来た2年前にアパート探しを始めた時も、先ずはどういうところに日本人や外国人が住んでいるのかを見学するところから始まりました。幸いペナンの街は、凶悪犯罪は少ないところです。結果として、ガーニードライブ界隈の高層マンションは、海が近くて眺めがよいばかりでなく、ダウンタウンにあって買い物や食事にも便利であることから、高級感溢れた造りで、海外からの駐在員をはじめとする外国人居住区になっていると言っても過言ではありません。

私が最初に選んだのも、ガーニードライブ沿いの、眼前に海が広がる40階建てのマンション(こちらではコンドミニアムと呼びます)の18階でした。個々の玄関には、ドア鍵のほかにグリル・ドアと呼ばれる鉄格子の扉がついていて二重にロックされる仕組みです(以下の写真は、今のマンションのもの、因みに隣は空き家)。更に、地階のエレベーター・ホールに入るためにはICカード式の鍵が必要ですし、マンションの入り口にはガードマンが常駐している上に、ゲートがあってICカード式の鍵で開閉する仕組みで、都合四重にロックされることになります。

それでも、空き巣がないわけではありません。それは外から忍び込むというより、住民になりすまし、周囲の人々の行動パターンを観察し、いないところを見計らって入り込み、再び住民になりすまして、いつの間にかトンズラするという手の込んだ手口のようです。マイクロソフトのウィンドウズと言わず、セキュリティに絶対はありませんね20070310_001_1

2007年3月 8日 (木)

スマトラ島の地震

6日の午前中、スマトラ島中部でM6.3の地震がありましたが、ここペナンでは何も感じませんでした。結局、日本の知人からの問合せメールで、事の重大性を知らされた始末。

2004年12月26日に起きたスマトラ島沖地震とその津波の影響では、特にインドネシア、インド、スリランカ、タイの被害が甚大で、死者22万人を越え、被災者は500万人に達したと言われます。しかしペナン島の被害は桁違いに少なく、21名が死亡したに過ぎませんでした。しかもこの21名は、ほとんど海辺に家を構える漁師さんだったと言われます。ガーニー・ドライブ沿いに定宿にしていたホテルで聞いたところ、せいぜい駐車場が僅かに浸水した程度だったそうです。私はこの時はまだ赴任しておらず、この前後は出張で長期間張り付いていたのですが、この時は年末でたまたま日本に戻っていました。

もともと、あの地震が発生したのは、ミャンマーからティモール島にかけて、インド・オーストラリア・プレートがユーラシア・プレートの下に沈みこむことによる歪みで海溝型地震が多発する地帯で、およそ100年から150年の周期で地震が繰り返されてきたところです。この時の地震で、地球の1日の長さが100万分の3秒程度短くなり、地軸の位置が約2cmずれた可能性があるとも言われます。

ペナン島のあたりまで来ると、地震や台風の被害は受けにくいと言われていますが、スマトラ島の山焼きによるヘイズ(煙害)や海賊騒ぎはしばしばあり、デング熱の危険とは隣り合わせですし、鳥インフルエンザもイポーあたりまで忍び寄ったことがありました。やはり海外にあって危機管理は欠かせないところです。

2007年3月 7日 (水)

平均寿命のはなし

最近、私の会社の知人が、65歳前後で相次いで亡くなりました。私の会社の従業員の平均寿命は65歳という噂があって、たまたま符合しているのが気になります^^;

ご存知、日本人の平均寿命は、男性78.53歳、女性85.49歳、1950年代には主要先進国中最低でしたが、その後の国民皆保険制度、食生活の充実で、70~80年代には全てを抜き去り、世界一に躍り出ました。平均寿命は保険福祉水準を総合的に示す指標と見てよいので、戦後日本が世界に誇るべき成果と言えます。

世界の国を眺めてみると、平均寿命はGDPとの間に相関があり、高所得ほど(あるいは先進国ほど)平均寿命が長いという一般的な傾向が見られますが、容易に理解されましょう。我がマレーシアは、男性71歳、女性76歳で、東南アジアではシンガポールに次ぐ高水準ですが、日本に比べると10年近く短いレベルです。新生児死亡率、衛生面、風土病、いろいろ原因は考えられますが、私には、屋台での外食が多い食生活による影響が大きいように思われます。WHOの統計によると、マレーシアの肥満比率(BMI>30)は男性4.0%、女性7.6%と決して高くありませんが(因みに日本は男性3.4%、女性3.8%、米国は男性25.8%、女性31.8%)、先日、ある新聞記事で、肥満率が12%に達していて警告を発しているのを見かけました。実はこれは砂糖不足を緩和するためのネガティブ・キャンペーンのフシがありますが、統計上の数値はさておき、屋台の食事のたびに飲むジュースやコーヒーの糖分の多さには閉口しますし、マレーシアでは糖尿病が深刻な問題になっているという話も聞きました。

最近、WHOが提唱している新しい指標で、「健康寿命」というのがあります。人間が日常生活を自立して元気に過ごせる期間で、病気や痴呆、衰弱などで要介護となった期間を平均寿命から除いたものです。単に平均寿命を伸ばすだけでなく、寿命の質が問われる時代なのでしょう。平均寿命との差は6.4年で、ここでも日本は世界一を誇ります。健康寿命を左右する三つの年齢として、血管年齢(脳卒中の温床となる動脈硬化を防ぐ)、骨年齢(寝たきりの二大原因は、脳卒中と骨粗しょう症だそうです)、腸年齢(腸内でビフィズス菌などの善玉菌より悪玉菌が増えると免疫力が低下し、感染症やガンなどのリスクが高まる)が挙げられていました。もし長寿でいられるなら、是が非でも健康でありたいものです。

2007年3月 5日 (月)

在ペナン総領事館

先日、在ペナン総領事館に行って来ました。

外務省との接点は、大学卒業の記念に受験した(勿論、予定通り落ちましたが)外交官試験以来、久しくありませんでした。普通はありませんね。海外に滞在している間は、さすがに日本とのパイプ役になってくれるので、ボストンとサンフランシスコの総領事館でそれぞれ在留届を出したり、パスポートの更新をしたりしましたが、子供の出生届けの際に、命名用漢字を巡ってひと悶着あって、アメリカにあってもやはり役所だなあと、なんとなく敷居が高いところでした。今回は、会社の工場の一部をローカル・コミュニティに開放して交流会をやることになり、日本ゆかりの品を借りられないものかどうか相談に行ったのです。

聞くところによると、総領事館には、日本を紹介する品々が一杯あって、貸し出してくれるのですね。日本の伝統的なおもちゃ、羽子板、こいのぼり、日本を紹介するビデオや英語の本、寿司とかおでんの模型(蝋で作ってレストランの店先に置いてあるもの)には英語の説明ボードまでついてきたり、大漁旗とか、はっぴ、浴衣(着用及びディスプレイ用)まであって、今度の交流会では、現地人に“はっぴ”を着せようかと思ったりしています。立派な雛祭りが飾られていたので、借りられないものかお伺いを立てたのですが、それは総領事館の「備品」であって「貸出品」ではないと無碍に断られてしまいました。固定資産管理はしっかりしていますね^^ 旅行に携帯出来るようなマグネット式の囲碁・将棋ゲームもあって、もし囲碁・将棋を現地人に教えるサークルやクラブ活動を行うのであれば、正規の碁盤や将棋板を日本から取り寄せることも出来るとまで言ってくれて、いろいろ協力的で、あらためて感激しました。外務省は日本の顔、日本をPRする公的組織でもあるわけで、身近にもっと利用すれば良かったと、今更ながら思います。

いや、逆に・・・大使館、総領事館はそういう機能をもっていると、現地にいる日本人に対してもっとPRして欲しいと思います。恐らく大使館や総領事館は少ない人数で出来ることも限られているはずです。海外に進出している日本人や日本の企業をもっと利用すべきです。

ついでながら、対応してくれた領事の方は、文化PR活動のご担当で、感じのよい上品そうな年配の女性でした。私なら、世界のもっと片隅の小さな小さな領事館で、日本の文化PR活動にいそしむ余生もいいかもなあ・・・なんてつい思ってしまいましたが、もしかしたら、また外交官試験を受けなければならなかったりして・・・それならまたアウトですね(苦笑)

ペナンの床屋

今日、床屋に行って来ました。床屋と言っても、Georgetownの片隅にあるユニ・セックスのCut & Permanentで、カットだけで28リンギッもして、現地人のオジサンたちは一般に8とか10リンギッくらいしか払わないと言いますから、ずいぶん高級な部類に入ります。

海外で困るのは、病院と床屋です。どこが痛むのか、どう痛むのか、あるいはどれくらい髪を切るのか、どういうスタイルにしたいのか、受験英語ではとても対応し切れません。私が通う病院では、年配のセカンドライフの日本人が多いせいか、日本語の通訳がついてくれるので安心です。床屋に関しては、いくつかの店をトライして、そこそこ満足できるところで早々に妥協して、店の人に憶えてもらえたらしめたもの。その内、何も言わないでも、こんなに短くしたからいいだろ?って、相手の方から聞いてくれるようになります。今の店は二軒目、黒髪が印象的な若いおねえちゃんで、鋏さばきが見事だったのが決め手でした(決して若くて可愛かったから・・・ではありません、多分)。しかし最近、バリカンで刈ることが多くなったのは、手抜き? どんどん短くなっているのは、薄くなって来た部分に合わせているせい?

昔、ボストンで初めて床屋に行った時、いきなりバリカン一本で整髪されて、ぶったまげたことがあります。さすがに肩揉みまでは期待していませんでしたが、手を変え品を変え鋏を変えて、何度も手直しする日本の職人技に慣れていた私に、バリカン一本は衝撃的でした。しかも洗髪なし。切った髪がチクチクしてもお構いなし。これでたった8ドル。

ところが、その後、同じボストンで店を変え、更に西海岸に引っ越して、サクラメントでもいくつか店を変え、至った結論は、所詮、髪を切るだけのこと、日本のサービスが過剰なのではないかという疑念でした。最近でこそ、日本でも駅構内に1000円の店が出来たようですが、本来、散髪なんてそれほど複雑ではないはず。恐らく、日本の床屋さんは腕が良いし技も冴えていると思います、でも、そこまでの技量は、実は我々一般人には普通必要ないのです。結果としてサービス過剰で(仮に技量に見合っているとしても)高い金を払わされているのが日本という社会ではないでしょうか。これは他にもいろいろな分野(特に規制産業と言われているところ)で見られるような気がします

こちらではちゃんと洗髪もしてくれるのですが、湯ではなくて水だったりして、びっくりします。所変われば品変わる・・・ですね。

2007年3月 4日 (日)

トロピカル・フルーツ

ドゥリアンの話が出たついでに、身近に見るトロピカル・フルーツを紹介します。

私が好きなベスト3は、マンゴー、パパイヤ、パイナップル。マンゴー好きの姉に、マンゴーずくしのお土産を買って帰ったことがあります。マンゴー風味の紅茶、ジャム、プリン、グミ、ドライフルーツ、などなど。でも、マンゴーはそのものがやはり一番美味しい。こちらでは小ぶりのもので一個RM2しないので、50円くらいから。タイ料理では、まだ熟していない青くて酸っぱいやつをサラダにして食べますが、これがまたイケます。パパイヤも一個50円くらいで、こちらも熟していない青いやつをサラダにして食べます。パイナップルの原産は実はブラジル北部の熱帯アメリカで、ポルトガル人やスペイン人が欧州に伝え、その後世界中に広がったもので、世界初の缶詰はシンガポール製だとか。タイ料理のパイナップル・チャーハンや、チキンのササミとパイナップルを載せたPizza Polloも実に美味しい。

次に、ブドウに似た味の食べ物として、マンゴスティン、ライチ、ロンガン、ランブータンなどがあります。マンゴスティンは、ドゥリアン(果物の王様)と並んで、「果物の女王」と言われ、酸味と甘みがミックスした絶妙な味わいです。殻が分厚いので、横からゆっくりと押して割ったり、ナイフがあれば切れ目を入れてぽっかりと割って食べます。ライチは、中国ではレイシと呼ばれることもありますが、ご存知、楊貴妃が好んだ果物として有名です。ロンガンは、龍眼と書き、種の周りを白い果肉が覆って、龍の眼に見えるところから命名され、漢方では鎮静薬や強壮剤として使われるそうです。ランブータンは、ライチやロンガンと同じ系統の果物で、いずれにしても、10とか20の房にして売られています。

一方、果物そのものとしては余り美味いとは言えませんが、ジュースにすると美味いのが、グァバとかスターフルーツ。スターフルーツは、ナイフで輪切りにすると星の形になるので有名ですね。

このあたりまでは日本人にも多かれ少なかれ馴染みがありますが、ジャック・フルーツとかドラゴン・フルーツとなると、???ですね。日本人が知らないだけあって、味もイマイチです。

これらは、いずれも本場、地元なので美味しくて当たり前。こちらにはモンキー・バナナといって、10cmくらいの小さめのバナナが売られているのですが、実に甘い。日本へはまだ青い内に刈り取って船に乗せるのでしょうから、その差は歴然として当然なのでしょうが、バナナという日本人に馴染みの身近な果物でも美味しさが格段に違うのを、是非お試し下さい。2005070219

2007年3月 3日 (土)

ドゥリアン

さすがに果物が禁制品になることはないと思われますが、取扱い注意のものがあります。果物の王様、ドゥリアンです(ベジタリアンの後で韻を踏んだわけではありません)。

ご存知の通り、臭いが強烈です。余りに強烈なことから、(飛行)機内持込禁止です。ホテル内も同様のところが多いようです。以下の写真は、マラッカのホテルのエレベーター前で撮影したものですが、ペナンのホテルでも同様によく見かけます。しかし、ドゥリアンの名誉のために言っておきますと、シーズン中(6~8月頃)の新鮮なドゥリアンはそれほど臭いません。しかしその新鮮なドゥリアンも、一度ナイフを入れてしまうと、発酵するせいでしょうか、暫くするとやっぱり強烈な臭いを放ちます。

もう一つ、気をつけなければならないのは、食い合せの問題です。特にアルコール度数の高いリキュール(炭酸も良くないらしい)などを飲んだ後にドゥリアンを食べると、発生するガスで胃が膨らんで、極端な場合には死亡する例もあると言われていますので、注意するに越したことはありません。

そのドゥリアン、種の周りについている“とろみ”のある果肉をしゃぶるように食べるわけですが、新鮮でもコクがあって胸焼けして胃にもたれるような、果物らしからぬ果物です。でも、日本から客人が来るとどうしても案内することになりますし、自分でも半年に一度くらいは食べたくなるから不思議です。日本のリンゴのように、いろんな種類と名前があって、人気の果物には違いありません。日本では高級品で一万円するものもあると聞いたことがありますが、ラグビー・ボール大一個で、10~20リンギッ前後(と言っても種類によって違う)で、300~600円くらい。20070217_016_2

2007年3月 2日 (金)

ベジタリアン

食の話題が続きます。

私の知り合いのインド人に、ベジタリアン一家がいます。ポークはもとより、チキンもビーフもマトンもダメです。ただ、よくよく眺めてみると、彼自身は似非?ベジタリアン、奥様は真正ベジタリアンで、子供たちはその予備軍、と言えそうです。どういうことかと言いますと、お父さんは、勿論、ケモノ類は一切口にしませんが、実はエビが大の好物で、魚も食べないわけではありません。奥様は、魚類はおろか卵や牛乳までも口にしません(それでも見るからに健康的な女性です)。興味があったのは、10歳と7歳の育ち盛りの子供たちが、果たして純粋なベジタリアンでやって行けるのかどうかということですが、そこは妥協して、魚や牛乳や卵は食べさせているようですが、大人になると、真正と似非の間で、それぞれの道を歩むことになるのでしょう。

これに関して思い出されるのは、韓国人のお客様と食事した時のこと。以前からどうしても確認したかったのが、子供でも辛いキムチは平気なのかどうかということで、素直に質問をぶつけて見ると、実は、初めから平気なわけではなく、徐々に慣れさせて行くのだということで、安心しました。生まれつきなどということよりも、やはり習慣が大事なのです。ベジタリアンも食の習慣と言えそうです。

それにしても、私のような生臭坊主の目には、不便だし、美味しいものが一杯あるのに勿体無いとしか映りません。ところがその一家ときたら・・・その一家のアパートの傍に、最近、Subwayがオープンしました。アメリカに旅行した人は馴染みがあるでしょうし、日本にも進出しているかも知れません、野菜たっぷりのサンドイッチの店です。マクドナルドの生臭さからすれば、実に健康的で、その奥様は大喜びだったと言います。旦那は私と同じ会社に勤めていますが、気軽に食事に誘うのがためらわれます。普段はどんなところで食事しているのかと言いますと、昨日のタンドーリ・チキンの店だったり、やはり最近オープンしたSubwayだったりするようです。

しかし不便だとか勿体無いといった次元で論じるべきテーマではありません。話を聞いてあらためて分かったのですが、ベジタリアンは、「信念」に基づいて生きているのです。飽食の時代、世の中にこれほど美味しいものが溢れているのに、なんと潔く、得がたいことか。それに引き換え、雑食の私は、美味しいものは何でも拒まず、節操がないったらありゃしません。

以前、マレーシアの運転事情について話したことがありました。郷に入っては郷に従え。私も、ともすれば日本人であることを忘れ、日本人であれば当たり前にもっている運転マナーを逸脱しそうになりかけますし、実際に私の同僚の日本人のことをマレーシアン・ドライバーだと揶揄することもありますが、私は信念にかけて、この雑然としたペナンの街で、愚直に運転マナーとルールを守ることに決めました。後ろから右折車線を平気で直進して来て追い越そうとする輩がいても、悠々とガマンです。信念に基づいて生きるって、なかなかに清々しいものを感じませんか?

2007年3月 1日 (木)

CNYディナー

今日は、取引がある銀行からChinese New Yearのお祝いを兼ねたお客様感謝祭で、E&Oホテルのディナーへご招待されました。私は銀行とは直接仕事の関係がないのですが、会社の日本人代表のような顔をして、いつもちゃっかりタダ飯にあずかっています。特にこの銀行は、二ヶ月前のクリスマス・パーティの時は、私がペナン随一のフレンチ・レストランと思っている「32マンション」を会場にしていましたし、今回も「E&Oホテル」(ご存知の方も多いと思いますが、シンガポールのラッフルズ・ホテルを経営した兄弟が、先ずはペナンにこのホテルを建てたほどで、当時、東洋の真珠と呼ばれたペナン島で、スエズ以東で最も美しいホテルと言われたそうです)で、まったく銀行はお大尽!

バッフェ・スタイルで、この業界(銀行関係者及び一般企業の財務担当)にマレー人は余り見かけないのですが、肉はチキンかビーフかマトンで、ポークはありませんでした。

ペナンでは、肉と言うとチキンが一般的です。クアラルンプール国際空港で、国内線に乗り換えた後、ペナン方面ゲート付近にある唯一のレストランはチキンですし、ペナン空港の出発ロビーにあるレストランもチキンです。豚はムスリムにとって不浄の動物ですし、牛はヒンドゥーにとって神聖な動物で、いずれにしても食されることはありません。そういう意味で、チキンが無難と言うべきなのでしょう。

会社の近所のオート・シティにあるタンドーリ・チキンのレストランは、インド人経営による24時間営業の店で、安くて美味しいカレーやナンを食べられるので、繁盛しています。タンドーリというのは、インド風の土釜を使って、独特のスパイスで焼き上げる料理で、カバブやナンもタンドーリ料理の一つと言えます。私も週に何度か、昼食でお世話になっています。

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